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金正恩はなぜ「中国派」を粛清したのか?

中国式の改革開放路線は許せなかった シリーズ!脱中国を図る北朝鮮②

脱中国か、親中国か

 張成沢は、北朝鮮を中国式の改革開放による経済立て直し路線を取ることを考えており、その実現のためには、北朝鮮の核開発に懸念を示す中国に気を遣い、最高権力者として体制を固めつつある金正恩氏に対して、中国が背を向ける核実験をしないように忠告していました。

 しかし金正恩は、
「北朝鮮が生きる道は核しかない」
と、その忠告には耳を貸さずに、同年12月12日に、事実上の長距離弾道ミサイル銀河3号を発射し、翌年2月には第3回目の核実験を行いました。

 ところで北朝鮮では、軍傘下の五十四部が、良質の石炭を中国に輸出し、外貨の獲得を図っていましたが、その外貨獲得部門を朝鮮労働党行政部長だった張成沢が再編を行い、軍に替わって行政部の管轄下に置くようにしました。張成沢は軍に絶えず、外貨獲得をする会社を内閣に渡せと圧力をかけていたのです。

 それに抵抗していた、李英浩朝鮮人民軍総参謀長を張成沢は、「宗派(派閥)形成」や「浮華堕落」、「麻薬取引に絡む収賄」などの罪を着せて、逮捕、失脚させました。

 外貨が軍から行政部の管轄に移管されるようになると、党の機密費を扱う朝鮮労働党「三十九号室」に外貨を上納せずに、行政部傘下の会社でそれをプールするようになりました。そうなると、今まで三十九号室の機密費の中から、金正恩が自由に使える秘書室の資金が大幅に削除されてしまいました。

 それに激怒した金正恩は、行政部の外貨獲得事業を今までのように、軍の管轄下に置くように命じました。

 命令を受けた直属の護衛総局の要員が、軍傘下から行政部の管轄に置かれた五十四部の事業所の一つを接収しようとしたところ、現場の責任者は、
「一号同志の承認を取り付けろ」
として、それを突っ撥ねたのです。

「一号」と言えば、北朝鮮では最高指導者の事を指します。ここで言う「一号同志」とは、張成沢の事を示しており、金正恩以外の人物、つまり張成沢のことを最高指導者だとして仰ぐ勢力が形成されている事実を如実に物語っていることになります。

 朝鮮労働党員が命を賭けて守るべき「党の唯一思想体系確立の十大原則」には、個別幹部の偶像化や分派活動の排除を謳う条文があります。

 金正恩の立場にしてみれば、張成沢はその後見人だという地位と権威とを勝手に借りて、中国式の改革開放路線を推進したり、外貨を行政部の管轄下に置いたりするなどの行動は、許し難い分派活動だったのです。

(『北朝鮮の終幕』より構成)

〈シリーズ!脱中国を図る北朝鮮③は2日後に配信します。〉

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田中 健之

たなか たけゆき

 昭和38(1963)年、福岡市出身。歴史家。日露善隣協会々長。拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター客員研究員を経て、現在、岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、ロシア科学アカデミー東洋学研究所客員研究員、モスクワ市立教育大学外国語学部日本語学科客員研究員。 昭和58(1983)年に中国反体制組織『中国の春』の設立に関与し、平成元(1989)年6月4日に生じた天安門事件を支援、亡命者を庇護すると共に、中国民主運動家をはじめチベット、南モンゴル、ウイグルの民族独立革命家と長期にわたって交流を重ねている。 平成3(1991)年、ソ連崩壊と共にモスクワに渡り、ロシア各界に独自の人脈を築く。 一方、幼少より玄洋社、黒龍会の思想と行動に興味を抱き、長年、孫文の中華革命史およびアジア独立革命史上における玄洋社、黒龍会の歴史的、思想的な研究に従事、それに基づく独自の視点で、近現代史、思想史を論じている。 玄洋社初代社長平岡浩太郎の曾孫に当たり、黒龍会の内田良平の血脈道統を継ぐ親族。 著書に『昭和維新』(学研プラス)、『靖国に祀られざる人々』(学研パブリッシング)、『横浜中華街』(中央公論新社)、『実は日本人が大好きなロシア人』(宝島社)その他、共著、編著、雑誌など多数。



 


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